小説 昼下がり 第八話 『冬の尋ね人。其の三 』



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 そして、由美は言葉を失ったかのよう
に、数秒間の沈黙を保った。
 「私が新八さんに、『秋子と真理子を
頼みます』と云ったのが間違っていたの
かしら。
 彼は、五十才過ぎる今でも独身でしょ
う。むろん、彼が秋子のことを好きだっ
たことは知っています。
 新八さんに対して、悪いことをしたみ
たいで、今でも罪の意識に苛(さいな)ま
されます。
 彼の人生を奪ったみたいでー」
 「おばあ様、それは違います。ご自分
を責めることはないわ。
 新八さんは幸せなんじゃないかしら。
 だって、お母様の近くでいつも居られ
るのだからー」
 陽子は憂いに満ちた表情を浮かべた。
 「そうね。そうあってくれると私も嬉
しいわ。何だかホッとします。
 啓一さん、これでよろしいかしら。全
てお話したつもりです」
 由美の眼は優しさに包まれていた。
 ほほ笑む表情は、天竺の仏陀(ぶっだ)
のようだった。
 「よく解りました。最後に一つ、真理
子さんは今どこに?」

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 啓一にとっての核心部分は、まだ見ぬ
彼女のことだった。
       (四十一)
 ―ひょっとしたら……。
 運命の悪戯(いたずら)か、神への冒涜
(ぼうとく)か、禁断の扉を開けるが如し
の心境に、啓一の心は揺れ動いた。
 「あなたが最も知りたかったことね。
 私から云うのもおこがましいけど、美
しい人です。
 陽子と良く似ています。姉妹ですもの
ね。
 あの娘(こ)も、白石の姓を名乗って
います。もちろん、全てを知っているわ。
自分の素性も、血の系図もー」
 緊張しているのか、啓一の鼻筋に汗が
伝わった。
 「実は、秋子の手紙の要所は此処(ここ)
だったの、啓一さん。
 今は東京の広告代理店に勤務していま
す。真理子が高校、大学を出るまで面倒
見たのが新八さん。
 まるで自分の本当の子のように育てて
ね。その頃が新八さんは一番、幸せだっ
たーと秋子の手紙に書いていました。
 真理子は今、一人で生活しています。
 秋子と新八さんの近くでー」

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 啓一の身体を、疾風(はやて)が吹き抜
けた。
 「そういう苦境に遭(あ)いながらも、
真理子は素直に育ちました。
 源さんも、山田さんも、真理子のこと
は眼の中に入れても痛くないぐらい、可
愛がったわ。
 秋子が嫉妬するぐらいー。
 真理子は、昨年のお盆に私に逢いにき
ました。それはもう、楽しかった。
 陽子と三人で一週間、この上ない充実
感を味わいました。ねえ、陽子」
 由美は思い出すかのように、破顔(はが
ん)の表情を見せた。
 陽子も嬉しそうにほほ笑んだ。
      (四十二)
 『ドサッ』という物音。
 静寂が辺りを包む中、庭の小さな松の
木に積もった雪が重みに耐えきれなく、
地面に叩きつけられた。
 粉雪が舞うように窓ガラスに飛び散っ
た。窓ガラスは雪の破片(かけら)で一杯。
 部屋の温度に抗(あらが)いきれず、間
もなく水滴となって滴(したた)り落ちた。
 「おばあ様、啓一さん。見て!
 外は雪吹雪よ」
 陽子は晴れやかな顔で外を眺めた。

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